連載:シリーズ新次元の国際化

日経産業新聞1999年2月(連載:深慮実践)
上山信一

 

 ● 連載第1回 単一市場の時代

 企業にとってグローバリゼーション(国際化)はいつの時代も最重要課題の一つだろう。しかし、近年、新しい切り口で考え直す必要が出てきた。単なる海外進出ではなく、将来を見越してどこでどう戦うかという全体観が不可欠になり、素材産業など輸入品や外資参入に直面していなかった分野でも、国際競争が始まっているからだ。社内の企画スタッフによる分析だけでは次の一手が見えにくく、経営トップの直感や洞察が必要になっている点も、その理由だ。三回に分けて「新次元の国際化」を分析しよう。

○日本企業、第三段階に

 マッキンゼーは日本企業の国際化が第三段階に入ったと見ている。日本で生産し輸出するのが第一段階で、現地生産に切り替えるのが第二段階。ここまでは多くの企業がすでに解決済みだろう。

 第一段階が海外営業、第二段階が製造や現場の経営の問題とすれば、第三段階は経営戦略の国際化だ。これは米国で傾きかけた老舗企業を買収し、そこを拠点に世界戦略をスピードアップするといった新次元の発想を意味する。

 典型例はブリヂストンのファイアストン買収だ。他社に買収されればブリヂストンの世界戦略が成立しないという発想も、従来の日本企業にはなかった。例えば、自動車メーカーの対米進出も貿易摩擦に対応し、文字どおりのドル箱である輸出市場を守るために現地生産に切り替えた段階にとどまっている。

 これは日本企業だけが直面する問題ではない。製薬会社、金融、航空機製造などで顕著なように、国際的な合従連衡が始まりグローバル・ワン・マーケット(世界単一市場)の時代に突入している。

○産業により3つの意味

 さて、世界単一市場といっても、その意味は産業によって異なる。

 一つ目は商品そのものが単一市場になっている産業だ。液晶表示装置(LCD)が好例で、日本企業イコール日本市場イコール世界市場になっている。マイクロソフトに代表されるコンピューターソフトも米国版の同類だ。

 二番目は半導体や自動車など。世界共通の商品ではないが、世界規模の経営が前提となる産業。少なくとも日米欧に製造、販売、技術のすべてがあり、国際的な部品調達体制がないと生き残れない。

 三番目は商品はローカルだが、価格と技術が国際化している産業だ。鉄鋼業は従来、鉄鉱石とコークスを船で先進国へ運び、製鉄していたが、今は鉄鉱石に酸素と天然ガスを吹き付ける直接還元の製鉄技術があり、鉄鉱石の産地でも作れるようになった。国際的な価格破壊に寄与する。

 技術が汎用化した結果、エチレン、スチレンなど石油化学製品も、大規模プラントを油田のすぐ横に造れるようになった。技術革新が生産拠点の設置場所を、先進国から途上国へ移しており、それが国際価格の形成をリードする。どの産業も国際化が進んでおり、もはや完全に国内だけという産業はありえない。

○数字に見えない戦略

 ところが、新次元の国際化戦略は、数字で分析して見えるものではない。マッキンゼーには、碁とグローバル・オポチュニティーの頭文字を掛けた「GOアプローチ」という言葉がある。新次元の国際化戦略では、要所要所に直感で石を置いていく囲碁のように次々と先手を打って投資をし、提携先を選んでいく。

 NAFTA(北米自由貿易協定)や欧州統合のような非連続な変化が起きると、メキシコで部品を作り米国に運べば、輸送費を入れても五大湖周辺で作るより一割安いという数式が、ある日突然出現する。そのとき、メキシコに二社しかない鉄パイプの精密加工技術を持った企業にどこが先に出資するかといった事実が効いてくる。

 これはイス取りゲームのようなもので、のんびりしていては間に合わない。突如、ブラジルやチェコのプラントを買わないかという話が舞い込み、トップは短期間で判断を下さなければならない。

 遺伝子工学による新薬のベンチャー企業は画期的な研究成果が出るという噂(うわさ)だけで、世界の大手製薬会社に買収されてしまう。自社以外に買われるのが最大のリスクであり、買って無駄になる方がましという判断だ。スピーディーなトップの決断が重要であり、まさにこれが「GOアプローチ」が必要なゆえんである。

 

 ● 連載第2回 直面する3つの課題

 グローバリゼーション(国際化)の過程で企業が直面する組織課題は三つある。これは今も昔も同じだ。一つは機能別、事業別、地域別という三つの軸のマトリックス組織の運営問題だ。二番目は経営目標の設定の仕方であり、三つ目は国際経営の幹部人材育成の問題だ。

○ノウハウの国際化も

 マトリックス組織では、商品が国際的か否かで本社事業部が世界をリードするのか、地域が優先するのかが変わる。同じ社内の事業でも、例えば、航空機エンジンは本社事業部が全世界の顧客管理までやる。一方、建築用モーターでは各地域の特性に合わせてスペックが異なるので、各地域で自由に管理させる。商品の国際性を見て、経営判断の主体を見極めていく。

 その際、マーケティング、研究開発、製造などの各機能をどこまで現地に任せるのかという判断が重要だ。生産拠点を設置する場合でも、研究開発も現地が担当するのか、さらに地域本社として経営戦略まで任せるのかという見極めも必要になる。

 もちろん、組織体制の国際化だけではなく、同時にノウハウも国際化させる手段を考えなければならない。

 米シティバンクは国籍を問わず、幹部人材を異動させて、専門分野の国際的なプロを育てている。クレジットカードの訪販のプロがA国で事業を立ち上げたあと、その経験をもとにB国に赴任するという具合だ。各地のノウハウを相互交換し、目に見えないノウハウを効果的に技術移転し、同時に人材の国際化を図る。

 日本企業は製造技術の面ではノウハウの移転をこなしているが、マーケティングや買収、提携といった企業経営そのもののノウハウを海外から学ぶ姿勢には乏しい。

 ソニーとCBSレコード、ブリヂストンとファイアストンのように大きな相手を飲み込んだ場合、買収直後は混乱が起きても、結果的には相手の経営ノウハウが流れ込んでくる。現地の経営スタイルを尊重しつつ、日本側の考え方をぶつけていく中で、異種混合による普遍的な経営スタイルも育っていく。買収は企業体質を速く確実に国際化する最良の方法でもある。

○意識のずれ最小限に

 一方、目標の設定では日本と海外拠点間で生じる意識のずれを最小限に抑える工夫が欠かせない。

 ある素材メーカーは顧客の要請に基づいて米国に生産子会社を設立した。日本の本社は現地の米国人社長に単年度黒字を要求するが、価格交渉や商品開発はすべて本社で仕切っていて、現地は言われたものを作るだけだった。これでは黒字にしろと言われても手腕は発揮しいくい。

 海外拠点の黒字化を経営目標に掲げる企業は多い。だが、本当に目指すべきは全拠点の目先の黒字なのか。目標とすべきは中長期的に連結決算ベースで高収益を確保することだ。単に全拠点が見かけ上、黒字であっても、将来が保証されるわけではない。

 現地の社長にも日本本社の業績評価の尺度を説明しないと、誤解が生じる。例えば、現地の社長は短期的な株主資本利益率を追求しているが、日本側は五年間かけて人材を育て、現地で業界唯一の存在になってくれればいいと思っている場合がある。お互いに正面から議論すれば誤解は避けられるはずだ。

 三番目の人材育成の問題は、どの企業にもある永遠のテーマだろう。日本人の経営陣の国際化を待っていると、十年も二十年もかかる。日本の役員会で実力を発揮できるような外国人もいない。

 ここではグローバルな作業チームを作る方法を勧める。製品開発でも生産性改善でもいい。世界の各地域から既存の組織の枠を超えて優秀な若手を集め、このチームが定期的に集合し、共同で課題を解決し、実践もする。その過程で国際経営の担い手として育てていくという手法だ。

 グローバルチームは議論や意思決定の過程を国際化させるのにも大きな効果がある。日本では、経営戦略を決める際、選択肢を並べて優先順位を付けるというアプローチに乏しい。

 だれかが出した意見に全員が賛成と思う論点、反対と思う論点を並べて、その中から最良の答を出していくという手法がない。

○経営レベルでも円滑に

 グローバルチームに参加したメンバーは、次第に日本での社内運営にも、グローバルスタンダード(世界標準)の手法を導入し始める。日本での仕事の進め方が国際化すると、国際的なコミュニケーションも円滑になる。そうなると、経営レベルの国際化もスムーズに進むようになる。

 

 ● 連載第3回 トップの行動

 新しい次元に突入した企業経営のグローバリゼーション(国際化)とは何を意味し、また、そこではどのような新経営手法が必要なのか、前二回で述べてきた。最終回では、実際にこうした国際化を進める上で必要になるトップの行動様式と支援組織体制について考えよう。

○へき地で社員を激励

 経営を国際化する上では、まず経営トップが行動様式を変える必要がある。第一に気軽に月一、二回の海外出張に出かけるのは当たり前と考える。現地のキーパーソンとの信頼関係は、公私ともに年に何回、直接顔を合わせるかで決まる。欧米の多国籍企業のトップはへき地を自ら訪れ、駐在員を激励することが重要な責務と考えている。

 海外の国際会議などでは、競合企業のトップともよく顔を合わせ、情報交換をする。グローバル・ワン・マーケット(世界単一市場)は狭い世界であり、日本的な意味とは別の意味で、業界内のおつき合い≠ェ大きな意味を持っている。トップ同士が意外に密なコミュニケーションを取り合っている。「技術標準を共同で設定していこう」とか「米国ではともかく、中国では共同で工場を作ろう」といった話が出てくるわけだ。

 もう一つ、トップに必要なのは土地勘だ。ベトナムが製造拠点としてどれぐらい魅力的か。湾岸諸国の中産階級の消費市場がなぜ有望なのか。投資や技術移転の案件を評価するには、どうしても土地勘が必要だ。

 これを養うには実際に現地を訪れるに限る。ショッピングセンターへ行って、そこで人々が何を買い、子供が着ている服を見るといった経験で培うしかない。世界銀行の統計や社内の調査スタッフのありきたりの見方では、上がってこない視点が必要だ。

 多国籍企業のトップが若いという理由の一つには、旅が多いということがある。帰国後の時差ボケも直らないうちに、夜中の電話会議に対応できる体力が求められる。以外に盲点になるのが、通訳のスキル。大手企業には英語使い≠ェよくいるが、微妙な戦略のネゴには不向きなことが多い。

○補佐チーム不可欠

 もちろん、トップ一人で情報収集から判断まではやれない。トップを補佐するサポートチームが必要だ。いわゆるSWAT(Specialist With Advanced Technologies=先端技術を持った専門家)の存在が欠かせない。

 米プロテクター・アンド・ギャンブル(P&G)などでは、専門チームが将来、合従連衡の可能性のある企業のリストを常に用意している。ある企業が売りに出そうだという情報をつかむと、速やかに手元の情報をトップに提供し、判断を仰ぐ。経営のスピードアップに重要な役割を持っている。

 SWATには弁護士や元投資銀行のスタッフ、元コンサルタントなどのスペシャリストと社内の技術者が所属しており、トップと同じく世界中を回っている。そして、「生産拠点はあっちにまとめた方がいい」とか「競合会社の動きは最近こうだ」といった情報をトップに上げていく。

 社外にもプロのアドバイザーを持てば万全だ。経営には常に交渉事がつきまとう。ブラジルの案件なら、あの会計事務所に聞くという具合に、各地で最良のプロと気脈を通じておくのがコツだ。

 以上、三回にわたって述べてきたが、今や国際化は単なる市場拡大や本業のおまけ≠ナはない。経営トップは「本格的なグローバリゼーションなくして当社は生き残れない」と、決意のほどを社内外に発信することが大切だ。

 また、外国企業が各地で一流の人間を採るには、本格的に経営を国際化するという信念を徹底して各国で説明しなければならない。信念を持って国際化を進めていると明言すれば、ヒト、モノ、カネの経営資源を他社に先んじて入手できる。そして、いす取りゲームのようなグローバル化をスピードアップできる。

 真にグローバル化し、そのことで高収益体質を作れる企業の数は限られている。他社より遅れて国際化しても収益に結びつかないことがある。

○発想180度変える時期

 航空機製造の分野は結局、ボーイングとエアバスの二社に集約されてしまった。タイヤは事実上、ブリヂストン、ミシュラン、グッドイヤーの三社寡占だ。どの業界でもイス取りゲームは始まっている。経営に対する考え方をがらりと変えて、他社より一歩でも速く経営の国際化を成し遂げなければ、座り損ねてゲームから追い出されてしまう。いまだに国内事業と国際事業を分けて考えるという会社があるが、百八十度発想を変える時期に来ているのではないだろうか。

(うえやましんいち)