シリーズ:提携@〜C

日経産業新聞1997年8月(連載:深慮実践)
上山信一

 

 ●連載第1回 全社的な戦略 明確に

 企業を取り巻く環境が激変する中で、新たな成長を実現する手段として、新タイプの提携が増えている。

 当社では、このテーマを@従来型の戦略的提携の見直しAベンチャーキャピタルとの相互依存型提携B不確実性克服のためのウェブ(クモの巣)戦略──の三つに分けて考えている。

 第一回は従来型の戦略的提携を再考してみよう。言うまでもなく、それぞれの企業が自力で成長していく過程で、たまたまいいパートナーと知り合い、ジョイントベンチャー(JV)に代表されるような企業提携に至るケースだ。

 大概の日本企業が経験ずみの提携で、今さらと思うかも知れないが、当社が数多く、この種の提携の仲立ちをさせていただいた経験からすると、留意すべき点がいくつかある。

相手同士が競合も

 その第一は提携の位置づけだ。この提携が全社の戦略上、どんな意味があるのか、どの事業分野で行おうというのか、という基本的なことが、社内で十分に議論されていない場合が少なくない。

 その結果、提携のパートナーの選定で、一件一件のパートナーは非の打ちどころのない立派な相手であっても、いくつかの提携が重なってくると、提携のパートナー同士が競合したり、お互いにちぐはぐなベクトルの力が働いたりしてくる。せっかくの良い相手も、全社戦略の観点からはマイナスになるうるわけだ。

 第二はこれも日本企業でよく見かけることだが、銀行や証券会社などから紹介された縁談≠ノ飛びつき、相手を決めてしまうのも好ましくない。これも自らの戦略に基づいたものではない点で、後々に禍根を残しかねない。

 第三の盲点は提携の束縛の程度≠セ。日本企業はしばしば五一%の出資比率を取ると、あたかも鬼の首を取ったように言いがちだが、五一%以上取ることが常に正解とは限らない。むしろ、戦略的に投資を抑えて、出資率を下げることが賢明な場合もある。その意味で提携形態をどうするかが、重要なチェックポイントになってくる。

 交渉や契約締結など技術的な面では、日本企業のレベル向上は顕著で、大きな問題は生じていない。

 むしろ、前述のように、提携の全社的な位置づけや目的があいまいなところが日本企業の弱点だ。「この提携は何年後まで続けるのか」とか「どういうことを目標にするのか」をはっきりさせないままでいると、「いつその提携を終わりにするか」「いつ次の段階に進むか」といった議論ができない。つまり、提携解消やリストラクチャリング(事業の再構築)が進まない。

○米のJVは平均7年

 米国でのJVの長さは統計上、平均七年と言われる。その程度の年月がたつと提携は解消されるもの、と認識されている。欧米企業は提携後七、八年経過し、それなりの目標を達成できれば、次の段階に進もうとする。

 一方、日本企業は提携を結婚にたとえ、一生ものと考える傾向がある。提携年数は平均十七年だ。一緒になること自体が目的になりがちだ。パートナーとの利害関係にズレが生じてきたとき、提携は一挙に破局を迎えてしまう。

○技術・地域の補完カギ

 戦略的な提携が成功する条件は、技術と地域の補完関係が成立することだ。米国の光ファイバーメーカー、コーニングと独電機メーカーのシーメンスの提携はその典型的な成功例だ。

 技術面では、シーメンスがケーブル技術を、コーニングが光ファイバー技術を持ち寄ったし、市場はそれぞれ欧州と米国に分かれていた。

 一九七四年に折半出資の合弁をドイツで成功させ、七七年には同様の合弁シーコアを米国にも設立。その後も企業買収で事業を拡大、成功した。シーコアの売上高は現在、八億j超とみられ、今や光ファイバーケーブルでは世界的なリーダー企業になっている。

     

 ● 連載第2回 VCとの相互依存型成長

 最近みられる新しいタイプの提携として、大企業がベンチャーキャピタル(VC)をうまく使って新分野への参入を果たす方式がある。当社ではこの手法を「コーポラティブ・ベンチャー・キャピタル・マネジメント」と呼んでいる。米国ではすでにヘルスケア、バイオテクノロジー、ハイテクなどの分野に進出した大企業の成功例がいくつか出てきている。

○VCは50社に達する

 ある米国の化学会社(A社)はVCを使って新しい事業を急速に立ち上げることに成功した。過去五年以上に市場に投入した新製品が、すでに同社の売り上げの数十%を占めるに至っている。

 A社のVC活用の仕組みを添付の図表に基づいて説明しよう。A社は、五十のVCファンドにそれぞれ三億−五億円ずつ出資している。一件当たりの出資額は決して大きい金額ではないが、十数年間の蓄積で、出資したVCは五十社に達している。

 VCの機能は主に四つに集約できる。第一は言うまでもなく、市場から資金を集めること。第二は優良な出資先を選別して見極めること。第三は経営の専門家の調達。例えば、マーケティング担当者や最高経営責任者(CEO)を探し出して連れてくる役割。第四はベンチャービジネス(VB)が大きく育つまでに必要とされる五−七年間、出資先が直面する様々な経営問題をともに解決していく機能だ。

 各ファンドは平均三十社のVBに出資している。ファンドは通常百社審査した中から一社を選んで出資しているわけで、スクリーニング対象としては三千社をその背景に抱えていることになる。

○VB1500社に間接出資

 A社は五十のファンドに出資している結果、VCを介し、粒ぞろいの千五百社に間接出資していることになる。大企業はかつて、VBに直接出資したが、うまくいかないことが多く、間にVCを挟む知恵が考え出されたわけだ。

 千五百社の出資先から得られる成果は、まず財務面だ。悪いときでも年率一五%以上のキャピタルゲインを確保している。

 だが、本当の狙いは財務より戦略的成果にある。A社は出資者の立場を利用し、合法的にVBのアイデアを吸い上げられる仕組みを手に入れた。企画段階のアイデアが実際に製品化されるのは四年後ぐらいだから、A社はきわめて早い段階でVBのアイデアを知ることができることになる。

 それをウォッチしていて、これぞというものにはM&A(企業の合併・買収)で社内に取り込んだり、特許を買収したり、あるいは提携する。こうしたタイムリーな手を打ち、自社の新製品として市場に出している。その結果が前述のように、A社の総売上高比の数十%となって表れているわけだ。

 ベンチャー投資というと、ハイリスクというイメージを持つ方も多いだろうが、A社は千五百社という大きなポートフォリオを張ることで、リスクを軽減している。それが、悪いときでも、一五%以上のリターン確保というパフォーマンスに表れている。

○日本企業も試みを

 これを純粋な投資と考えても悪くないが、A社は投資を最終目的とは考えていない。「資本コストよりも少しでも高いリターンが得られるなら、それで十分」とみている。極端な話、それが銀行金利以上であれば、この仕組みそのものはコストゼロで新製品をどんどん出せる「余得」が生じるとも言える。

 このように、ベンチャーキャピタルを意識的に介在させ、それによってベンチャー企業の情報を取り込む仕組みを作り上げ、大変成功しているケースが米国では出現している。日本企業も試みていい新しいタイプの提携戦略ではないだろうか。

 ●連載第3回 ウェブ形成でリスク回避

 ここ数年、マルチメディアやハイテクの急速な進展に伴い、事業展開の先が見えない時代となった。「業界構造が見えにくくて困る」と嘆く経営者も多い。

 業界構造が見えにくいというのは、DVD(デジタル・ビデオディスク)のように、技術方式がたくさんあって、どれが勝ち馬≠ゥわからないという意味だ。あるいは、これまで自分のお客さんと思っていた相手が、突然、自分と同じ部品を作り始めた、といった「業際」の枠組みの崩壊だ。

○緩やかな連合組む

 こうした不確実な状況下で、リスクを管理しながら事業を進めていくにはどうすればいいのか。有効なのは「ウェブ(クモの巣)」という新しい提携形態だ。利害の方向がほぼ一致する企業が相互に緩やかな連合を組み、物事を進めていくのが、この「ウェブ」提携の趣旨だ。

 独断専行してリスクを冒すのは避けたいが、さりとて、ぐずぐずしていて新分野への参入に一人乗り遅れるのもリスキーという状況のもとでは、単独行動を避け、提携に向かうのは自然の流れとも言えよう。

 例えば、パソコン業界では、まず最初に米国のマイクロソフトとインテルが中心になってウェブを張った。それを見たコンパック、NECなどはそのウェブ支援の行動に出て、その周りに網を張っていた。

 第三グループは中立主義者たちで、彼らはマイクロソフト・インテル連合のウェブとの提携を考えるとともに、アップルコンピュータを中心にモトローラも参加しているもう一つのウェブとも良好な関係を保ち、両方のウェブに部品を納められるようにしようと考えた。

 ウェブ戦略の利点は、業界の方向を自分たちで決められ、それによりリスクを回避できることだ。自分自身で決められないまでも、向かう方向を早く知ることができれば、余分な投資をする必要がなく、そこでもリスク回避が可能だ。

DVD開発が好例に

 日本企業のウェブ形成の好例はDVDだ。一九九三年四月に東芝と米タイムワーナーがDVD開発のタスクフォースチームを結成した。

 これに対抗して、CD(コンパクトディスク)で成功したソニー、オランダのフィリップスは一年後の九四年四月に松下電器産業を誘い、技術的討議を始めた。

 ここで興味深かったのは松下の動きだ。当初、フィリップス・ソニー連合と共同歩調をとっていたが、途中で東芝グループにくら替えし、「SD基準」の発表に加わった。

 結果的には、ご存知のように、米IBM、アップル、マイクロソフトなどから「ビデオのVHS、ベータのような関係になるのは困る。規格を統一してほしい」という圧力がかかり、規格が統一された。

 参加者、関係者が互いに情報を出し合い、両陣営が譲歩し合った結果、先行きを決めたというダイナミックなウェブ形成となった。こうした早期の連携で、業界全体で回避したリスクは莫大(ばくだい)だったと言えるだろう。

参加者を束縛できず

 ただ、ウェブは麗々しく宣言して始まるわけではない。業界全体の動向を的確につかんでおかないと、ウェブを見落としがちだ。

 また、ウェブは効果が大きい半面、契約がなく、必ず勝つという確証もないため、参加者を束縛できない難しさもある。その辺りはよく注意する必要がある。

 

 ●連載第4回 専門組織作りの勧め

今日の企業はいろいろな提携を事業単位でいくつも結んでいるのが普通だ。複数の提携を結ぶようになると、単発で提携を結んでいた時には生じなかった特異な問題が起こってくる。

○複数社の調整が必要

 図表はある電機メーカー(A社)が公表している提携の輪を示している。これを見て随分多いという印象を持たれると思う。

 だが、ハイテク分野では、これは決して例外ではない。また、これら一つ一つの提携締結に当たっては、その時々のベストの相手を厳選しているはずだ。とはいえ、提携の数が増えてくると、おのずから課題も発生してくる。

 まず第一に、提携先との利害調整が重要なポイントになる。提携を組んでいる相手の立場から言っても、例えば、携帯電話で提携している北欧J社は、何かの拍子に自分たちの情報がA社を経由して日本の商社や米国のG社に流れないか、という心配を抱くかもしれない。

 また、ある分野の提携関係で何か問題が生じ、それがほかの提携関係に思わぬ悪影響を与えないとも限らない。

 各分野でベストパートナーを選び、複数の提携先と組むのは効果的だが、諸刃(もろは)の剣でもある。自社の視点からの提携管理は当然必要だが、提携先の視点に立った提携管理も必要だ。

 第二に、提携は一対一という時代は終わり、一つの提携を複数の企業でやるケースが大変多くなっている。例えば、半導体分野ではシーメンス、IBM、東芝の三社からなる提携が成立している。こうした形の複数企業からなる提携は、うまく機能すれば、面白い動きができるが、半面、その利害調整はいっそう複雑になってくる。

 第三に、提携相手が広がっており、これまで全くつきあいのなかったような外国企業やベンチャー企業が提携先として名を連ねるようになった。こうした企業の中には、自分たちとは正反対のカルチャーをもっていたり、トップマネジメントの哲学が異なるケースも出てくるだろう。

 多くの総合電機メーカーにとっては、シリコンバレーのベンチャー企業やハリウッドのプロダクションなどとの提携は、異文化との出会いだ。社員の大半がノーネクタイで働くような会社との付き合いには、ある種の気構えが必要だ。

社外の成功例も研究

 こうした提携を成功させるためには、より複雑かつ高度なスキルを要する。大手の米国企業の半数以上が、このスキルを社内に蓄えていく仕組みづくりに目を向け始めている。

 多くの提携をしている欧米企業のスキルのレベルは三つに分けられる。

多くの企業は「レベル1」に属し、提携の構築は一応できる程度という段階にとどまっている。

 「レベル2」に達している先進企業となると、自社が結んだ提携のうち、成功例をきちんと整理してまとめている。また、どこかの事業部門で新たに提携の話が持ち上がると、事前に社内でトレーニングを施すといったことを組織的に行っている。

 「レベル3」の企業は、ワールド・トップクラスという意味だが、ヒューレット・パッカードなどはここに入る。このレベルの企業になると、全社の戦略と提携の整合性がほぼ完ぺきに取れている。

 また、社内に提携の専門部隊がいて、各部門の提携作業を支援する。社内での提携成功例をまとめるだけでなく、社外にも範を求め、世の中で最も成功した例を常に研究している。

○異動でスキル低下も

 一方、日本企業はどうか。提携のうまい企業もたくさんあるが、それは会社としてのスキルだろうか。日本企業では属人的なスキルに依存している場合が多いように見受けられる。

 これまで提携上手で通っていた企業で、最近、そうした話が聞かれなくなり、調べてみると、「担当部長が異動してスキルがなくなった」という事情が判明したりする。日本企業も提携の専門組織を作り、スキルを組織的に蓄積する必要がある。

(うえやましんいち)