会計革命を機に始まった経営改革
―2段階で企業価値を高める

週刊エコノミスト99.11.1号
上山信一

 

●「勝ち組」に残るための切符

 会計基準の変更は、多くの経営者の頭痛の種だ。債務超過の子会社の後始末、持ち合い株の評価損の処理など、後ろ向きの話が多いからだ。しかも、ROE(株主資本利益率)やらEVA(経済的付加価値)やら、米国仕立ての新手法が次々出てくる。経理のプロですら混乱しがちだ。かくして大概の経営者にとっては、「デジタル情報革命」と「会計革命」の二つは、できれば誰かにそっくり任せてしまいたい難題となっている。

 だが、ものは考えようだ。会計革命は日本企業の経営をここ二、三年で一気にシェイプアップする千載一遇のチャンスである。「単体から連結へ」「薄価から時価へ」と、毎年、評価基準のバーは少しずつ上がっていく。受験勉強のようなもので、それに合わせて切磋琢磨すれば、いわゆる「勝ち組」に残るための切符が手に入る。毎年、改まっていく会計基準で決算をするたびに、悪い材料が表に出てくるわけだから、同時に攻めの戦略も出さざるをえない。今からネタを仕込んでおくに越したことはない。会計革命への対応策は、過去の経営のマイナスの遺産の処理だけではない。競合企業の買収計画や新規事業への展開といった積極策も同時に考え、打ち出さないと投資家は納得しない。ひいては株価にも響く。このように、会計革命は、後ろ向きの問題にとどまらず、実は前向きの戦略を考える好機でもある。

 経営コンサルティングの現場からみると、会計革命はおそらく昨年から始まった。「ROE経営」を掲げたリストラクチャリングのブームである。「ROE経営」の考え方はかなり広く浸透し、今や進んだ企業を中心に次のレベルの「企業価値創造経営(Value Based Management)」への進化に向けた動きもみられる。以下では、このような会計革命をきっかけに始まった本格的な経営改革の動きを紹介しよう。

なぜ企業の価値評価が問題なのか

 企業の値打ちは、業績と将来性で測れる。ところが、従来日本では、これがなかなか数字(金額)で評価できなかった。理由は、第一には、会計制度の不備。第二に、将来戦略があまり開示されないものだから、将来性についての外からの評価が難しかった。第三に、株価を決めるはずの資本市場が未整備で、株価が企業の本当の価値を必ずしも体現していなかった。

 そもそもこれまで日本では、企業の価値を測る必要があまりなかった。多くの会社が増収増益だったし、ローバフォーマーも業界ぐるみの護送船団のなかで存続できた。いきおい、合併や買収の必要性も限られた。

 ところが、こうした環境が一変した。投資家はシビアになり、企業の正しい価値評価を要求する。M&Aも始まり、正しい値付けのためにも評価が求められる。

 企業の正しい価値評価は、世の中の重大関心事になりつつある。いわゆる会計革命は、単なる会計制度の変更と捉えるべきではない。誰がどのような方法で企業の価値を評価するのか、その結果いかんで企業の運命を社会が決めていく。極めて大きな時代変動の流れのなかで捉えるべき、世紀の一大イベントなのである。

●株主企業価値とは何か

 企業の価値を決めるのは株主だ。だが、日本ではこう断言すると、あちこちから矢や鉄砲の弾が飛んでくる。いわく、

 @日本企業は従業員や社会のためにある。株主のためだけにあるのではない。

 A株主の方をみて経営すると、短期的な利益を追求する。ひいては、先行投資を怠るようになる。

 B株主に、果たして企業を正しく評価する眼力があるのか、高い利回りを求めて右往左往するようないい加減な株主に、社員が一生をかけて育てている企業を評価する資格はない。

 といった具合である。

 しかし、米国では約一〇年前から、欧州でも約五年前から、「株主企業価値」が企業の価値を評価する統一基準として確立されてきた。

 例えば、ドイツ企業。従来、組合との融和や国益に配慮してきたダイムラーやヘキスト、ドイチェバンクといった大企業が、相次ぎ外国企業との合併に走った。これはよく、「経営規模の拡大」がねらいと解説されるが、本当は「株主企業価値を最大限にするため」の動きである。ヘキストの場合、基礎化学部門を売却し、ライフサイエンス事業のみに特化し、しかもフランスのローヌ・プーラン社と融合し、社名までアベンティスという名に変える。その結果、九四年から九九年までの五年間、株主価値は年率二三・六%のペースで上昇した。株主からの評価が得られるがゆえの合併であって、「大きいことはいいことだ」という単純な論理で突き進んでいるわけではない。

●なぜ株主にとっての価値が重要なのか。

 @資本には調達コストがかかる。

最もリスクの少ない米国国債を買っても四〜五%の利回りが期待できる。したがって、倒産のリスクがありうる企業への投資は、最低六〜七%の利回りが期待されて当然だ。

 A従業員は、会社が赤字でも給与がもらえる。政府は、企業が黒字であるかぎり税金が取れる。だが、株主は、株価の上下で自分の資産が増えたり減ったりする。最も大きなリスクを背負っている。こうした厳しい立場に置かれている株主が吟味を重ね、いわば人気投票した結果が、株価である。しかも、これが直接金融の資金調達コストを決め、企業の競争力を支える。

 B株主がリスクを取ってある会社に投資するのは、将来に対する期待も含んでいる。目先の配当ねらいではない。また将来への期待が集まらないような会社には、優秀な従業員、顧客、提携先が集まらない。つまり、株主にとっての価値が高いということは、すべてのステークホルダー(利害関係者)にとってもよいことなのである。

●いかにして会計革命に適応するか

 冒頭述べたように、会計革命とは企業の値打ちを測る、尺度を変える、という社会改革のプロセスである。今までの通信簿は売上高や経常利益といった項目でできていたのが、ROE、企業価値といった項目に変わってしまうわけだ。評価の尺度が変わるわけだから、当然、それに合わせて経営の仕方も変える。すると、実態もどんどん変わる。

 日本企業がこのステップを経て変身するには、二〜三年の期間が必要だ。私は個々のクライアント企業の変革に何年もかけてかかわることが多い。変革へのステップはおおむね二段階で考えている。

(1)ROE経営へのシフト

 従来型の経営をしていた典型的な日本企業にまず導入すべき評価の尺度は連結ROEである。さらに、各事業部、各子会社のROEも出してみる。すると、多くの場合、資本コスト(七〜八%)を下回っている。そこで大企業の多くは、二〇〇三年までにROEを一〇〜一五%にまで上げる、といった目標を掲げている。

 数年後に向けてROEを上げるためには、個別事業ごとに改革のプログラムをつくる。資本コストを下回っている事業は「赤色事業」。将来の目標値、例えば一〇%と資本コストの中間にある事業は「黄色事業」と呼ぼう。すでに目標をクリアしている事業は「青色事業」だ。

 「黄色事業」は事業部の計画に任せていい場合が多い。「赤色事業」と「青色事業」は、いわゆるコーポレートの積極介入の必要がある場合が多い。「赤色事業」の整理は当たり前だが、特に重要なのは「青色事業」のストレッチである。

 例えば、化学会社でいえば、電子材料部門。すでにROEは高いので、事業部長は安全運転に走りがちだ。「毎年三〇人ずつ社員を増やし、今のままでじわじわ成長」といったシナリオを描くことが多い。だが、これでは全社のROEへの貢献は小さい。競合企業を買う、といった大胆な戦略を社長やコーポレート部門は迫るべきだ。

(2)企業価値創造経営へのバージョンアップ

 ROEは資本の有効活用を図るという意味では正しい指標だが、将来への成長性は測れない。したがって、ROEが高いだけでは、企業の値打ちは決められない。いわゆるROE経営と「企業価値創造経営」の間にはギャップがある。企業価値を測るには、各事業の将来の収益力(フリーキャッシュフロー)を算出する必要がある。となると、事業戦略の見極めが必要だ。何年ごろにどれぐらいの規模の資本を投入し、どれだけのリターンを見込むのか、といった戦略を描き、資本の調達策も織り込むと、企業価値の拡大策が数字と論理で説明できる。

 このような企業価値創造経営ができてくると、おのずと株価対策もラクになる。なぜなら、将来に向けての攻めの戦略がIR(Investors Relations)で整然と語れる。こういう企業の株価は上がる。株価が上がれば、会計基準の変更にともなうマイナス要素も吸収できる。まさに、会計革命は企業改革の千載一遇のチャンスになるのである。

(うえやま・しんいち)