グローバル競争を勝ち抜く七つの新・成功ポイント

(週刊ダイアモンド97.10.18)
上山信一

(要旨)

グローバル競争を勝ち抜く7つのキーワード
@「見えない資産」をフル活用できているか
A技術イノベーションを求め、社外の優れた才能の発掘と育成に目を向けているか
B過半数の株式の保有にこだわらず、柔軟に他社とジョイントベンチャーを組んでいるか
Cグローバル経営幹部の育成を早い段階からしているか
D将来の期待収益の大きさをテコに安い資金調達ができているか
E多角化、あるいは国際化をスムーズに進めていくための段取りがうまく描けていて、そのためのプログラムを10〜20年の視点で組んでいるか
F中期計画の数字よりも、長期ビジョンと日常の行動原則を、繰り返し社員に教えているか

 

〔以下本文〕

「グローバルスタンダード」が時代のキーワードになった。ウィンドウズ95などの技術標準だけでなく、いまや製品開発手法から人事制度まで、企業経営のさまざまな分野で、グローバルスタンダードとこれまでの日本流を対比させてみる議論がさかんである。

 筆者は、多国籍企業の経営コンサルタント会社に勤め、まさにグローバルスタンダードの手法を使いつつ、素材や機械に代表される日本の伝統的な大組織の改革のお手伝いをしてきている。本稿では、業種を問わず、これからの企業が「稼ぐ仕組み」をつくるうえで必要となる、経営のグローバルスタンダードの要件について述べたい。

 マッキンゼーは昨年、日本を含む世界の大手企業一九社と共同で、「グローバル成長プロジェクト」という研究プロジェクトを行なった。その分析を通じて、国境を超えて成長し続けている企業には共通するいくつかの要件があることがわかった。ここでは、そのなかから特に日本企業にとって役に立ちそうな七つの条件を紹介したい。

 読者のなかには、「グローバルスタンダードの経営」などは、エレクトロニクスや金融などの話で、多くの国内型の産業には関係ない、とお考えの向きがあるかもしれない。

 だが、国内型の産業こそ、こうした手法を活用して飛躍できる機会に恵まれている。

○成功の条件1

「見えない資産」をフル活用できているか。

 かつての名門企業の没落の例は枚挙にいとまがない。しかし、かたや、時代の変遷とともに事業の中身を巧みに変え、着実な成長を続けている企業もある。こうした企業は「見えない資産」を常にフル活用している。

 例えば、ウォルト・ディズニー。同社は、六〇年代はテーマパークの収入が中心だった。だが八〇年代以降、海外展開を始め、東京ディズニーランドをつくり、中国ではミッキーやドナルドなどディズニーのキャラクターグッズを販売した。右下図に示すように、現在の売上げは一〇年前の六倍に伸び、構成比は一〇年前と大きく変わり、ビデオ映画や消費者グッズの収入が増大している。

 テーマパーク事業の入場者数が限られるため成長に限界がある。一方、映画やキャラクターグッズならば、「いつでも、どこでも、だれにでも」提供可能である。映像やキャラクターの眠っている資産をフル活用した成功例である。

 第二の例はシティバンク。シティバンクは、多くの米国銀行のなかでも、早くからリテール(個人取引)分野に照準を転換した。しかも、その強力なリテール取引のノウハウを海外市場に投入し、途上国を含めた各国の富裕層の個人資産をがっちり押さえるに至っている。

 現在のシティバンクの総収入一兆四〇〇〇億円のうち、北米の比率は半分にまで低下している。アジア太平洋やラテン・アメリカでの収入が二八%を占め、利益ではなんと四三%に達している。先進国市場で培ったノウハウを途上国の富裕層にうまく当てはめて、早めに市場を押さえたわけである。例えば、人件費の安いマレーシアでクレジットカードの訪問販売を行なうなど、各国の金融ニーズや雇用形態の実情にあわせて、世界各国からスペシャリストを動員してリテール市場を開拓している。

 第三の例は、ホルダーバンクというスイスのセメント会社である。セメント事業は元来、ローカルな事業であり、スイスのような成熟経済のもとではほとんど成長は望めない。しかし、この会社は五年間で売上げを約一・五倍に伸ばすなど、海外を中心に急成長している。

 売上高に占めるスイス・欧州の比率は半分をきり、コスタリカやブラジル、レバノン、フィリピンなど、途上国各国にセメントのエンジニアリング・ノウハウを売ることによって、成長し続けている。

 この会社の「見えない資産」は、第一にセメント作りの技術ノウハウ、第二に地域商圏内における品揃えや価格体系に関する販売戦略ノウハウ、そして第三に財務なども含めた企業経営ノウハウそのものである。各国の地場企業の経営者からみると、ホルダーバンクから技術・営業・経営の三つのスキルを、いわばパッケージのかたちで入手できる。さて「見えない資産」とは何か。

 第一には、ブランドや顧客データベース、知的所有権など。

 これを活用している企業の例はコカ・コーラやディズニー(ブランド)、アメリカンエアライン(顧客データベース)などである。

 第二には、経営ノウハウそのもの。

 例えば、米国の天然ガスのエンロン社は、プロジェクト・ファイナンスのノウハウを各地に転用して成長し続けている。プロクター&ギャンブル、グラクソなどの老舗のトイレタリーや薬品の企業は、発展途上国で次々に出現する中産階級にシャンプーや家庭薬を普及させる、マーケティングの技にた長けている。

○成功の条件A

技術イノベーションの源泉を社内のみに依存せず、社外のすぐれた才能の発掘と育成に目を向けているか。

 ベンチャー・キャピタル・ブームである。だが、多くのベンチャー・キャピタルは、レーターステージ(ベンチャーの成長の後半段階)の企業に投資している年金ファンドなど、いわば安全運転のファンドである。アーリーステージ(ベンチャーの立ち上げ段階)の企業を発掘し、リスクをとって技術と才能を発掘している例は少ない。ましてや、普通の大企業がアーリーステージのベンチャーに投資し、事業を育てることは容易ではない。

 そんななかで、米国の化学会社や日本の一部の大手メーカーは、素材やエレクトロニク

スの分野を中心に、アーリーステージ向けのベンチャー・キャピタル企業に資金を投資し、また情報を提供している。見返りとして、ベンチャー・キャピタル経由で、ベンチャーの技術や特許を手に入れたり、販売権を入手したりするのである。

 ある米国の化学会社は、社内の研究開発投資を大幅に削り、ハイテク中心のベンチャー・キャピタル・ファンドに投資資金を振り向けている。そのベンチャー・キャピタル投資の成果として、過去五年以内に上市できた新製品が同社の売上げの数十パーセントを占めるに至る、という顕著な成果を上げている。

 上図に、この化学会社、A社のベンチャー・キャピタル活用の仕組みを示した。A社は、五〇のファンドにそれぞれ三億円〜五億円ずつ出資している。ファンド一件当たりの出資額は決して大きな金額ではないが、十数年間の蓄積で、出資したベンチャー・キャピタルは五〇に達している。それぞれのファンドは、平均的に三〇社のベンチャー企業に出資している。

 かつては、多くの大企業が直接、ベンチャー企業に出資していたが、有望企業の発掘・育成は簡単ではなかった。そこで、あいだにプロのベンチャー・キャピタルを多数はさむ仕組みが考えだされた。そのベンチャー・キャピタルはまた各自が、多くのベンチャー企業に投資する。その結果、A社は一五〇〇社という大きなポートフォリオを張ることになり、リスクが軽減されている。

 財務的なリターンは、悪いときでも年率一五%以上を確保している。しかし、ベンチャー・キャピタルを介する本当のねらいは、戦略面にある。A社は合法的に、ベンチャー・キャピタル経由でベンチャーのアイディアを吸い上げる。企画段階のアイディアをウォッチしていて、これぞと思うものを、M&Aで社内に取り込んだり、特許を買収したり、提携したりして、自社の新商品として市場に出すのである。

 A社は、単に資金を提供するだけではない。ベンチャー・キャピタル経由でベンチャー企業に対して、そこが有する技術の目利きをしたり、販売チャンネルを提供したりもする。

 つまり、A社とベンチャー・キャピタルは持ちつ持たれつの関係にある。そこで、マッキンゼーでは、これを「コラボレーティブ・ベンチャー・キャピタル・モデル」と呼ぶ。

○成功の条件B

過半数の株式の所有にこだわらず、柔軟に他社とジョイントベンチャーを組んでいるか。

 日本企業は他社、特に外国企業と提携するとき、何が何でも五一%以上の株式を保有しようと思い込みがちである。だが、自らが技術や営業チャネルなどでどこか抜きんでたスキル、あるいは条件@の「見えない資産」をもつ企業であれば、半分以下の株式保有でも十分ジョイントベンチャーのリーダーシップを握ることができる。

 例えばテキサス・インスツルメンツは、台湾や日本などで計六つの合弁事業をしているが、出資比率はいずれも二五〜二六%である。にもかかわらず、商品の生産から流通、価格まで、広範な権限をもっている。これは、生産ノウハウに抜きんでたものがあるからである。世界中どこででも高度な半導体を作るパッケージ化された生産技術を、TIはもっているのだ。

 もうひとつ、例をあげよう。シスコ(CISCO)というコンピュータのルーター(交換装置)の会社がある。その日本における代理店はシスコ・システムズ・ジャパンだが、この会社の株主構成がたいへんおもしろい。

 ソフトバンクが一二%を占め、あとは沖電気、東芝など、日本の大手企業一流企業が一二社それぞれ少しずつ、合計一五%分を出資している。一方、シスコ本体からの出資比率は七三%にとどまり、日本勢をすべて足した比率が二七%になっている。

 筆頭株主はシスコ本社である。しかし、日本における販売を考えると、日本での流通チャネルや、接続するコンピュータの技術標準をシスコとの仕様に合うかたちにさせる力、などが重要になる。したがって、日本のコンピュータメーカー各社の意見をたばねることができれば、わずか一二%の出資比率でもソフトバンクは、シスコに対して大きな発言力をもつことができると考えられる。

 ソフトバンクはなぜ、このようなかたちのジョイントベンチャーを組むことができたのだろうか。まず、早い段階にシスコをシリコンバレーから発掘してきたこと。さらに、その技術が将来の日本のルーターの技術標準のひとつになるとの見込みを、大手の電機メーカーに対して同時に自信をもって説明できたこと、がその要因として考えられる。

 スピードと技術に対する知見があれば、五一%以上の出資比率がなくても主導権が取れるだろう。

○成功の条件C

グローバル経営幹部育成を早い段階から行なっているか

 高成長を維持している企業の多くは、他の競合企業のどこよりも早く事業のグローバル展開を進めている。例えば、コカ・コーラ、グラクソ、ユニリーバなどの消費財企業がそうだし、IBMやABB、ソニー、ホンダなどのメーカーもそうである。

 こうした企業に特徴的なのは、世界各地で現地のもっとも優秀な人材のなかから社員を採用し、そこからグローバル経営幹部を選抜し、できるだけ若いころからコスモポリタンへのキャリアパスを積ませていることである。例えば、シティバンクでは三〇代後半から経営幹部の選抜が始まり、選ばれた人間は他国に行って修行して、経営幹部のパスを歩む。早い時期によその国や米国で修業することで、シティバンクの普遍的な経営思想を肌で感じ取らせている。

 ホンダやブリヂストンなどでは、毎年数百人もの社員が海外に派遣される。また、自動車や自動車部品メーカーでは、米国などの海外現地法人の経営幹部候補生を日本の本社に数年間呼んで、トレーニングを施し、経営思想を学ばせる。

 ほんの数人が現地に行って教える、あるいはほんの数人を日本に受け入れるより、多数の中堅層を行き来させるほうが融合が進む。人の行き来を通じて経営の手法や情報、人脈を密にすることで、長い目で見ると、グローバル化が予想以上のスピードで進展するのである。

 六〇年以上も前から、輸出ビジネスを通じてグローバル展開してきているユニリーバやグラクソなどの英国企業では、さらに国民性までをも読み込んだ、グローバルな人材の活用ができている。例えば、ある英国の機械メーカーはサウジアラビアに工場を建てるに当たって、すでに拠点があるパキスタンやエジプト、インドなどの中堅社員層を、工場の立ち上げに活用した。パキスタン人は中堅マネジャーに、エジプト人はセールスエンジニアに、インド人は現場監督にと、それぞれの特性に合った人材配置を行なった。各国拠点の人材をうまく組み合わせ、辺境の地でのプロジェクトをうまく立ち上げたのである。

○成功の条件D

将来の期待収益の大きさをテコに、安い資金調達ができているか。

 IR(インベスターズ・リレーションシップ)がうまい企業は株価が高い、というのは周知のことである。だが、単なるイメージ広告だけで株主の支持が得られるわけではない。

 わかりやすくてかつ先端的に見える技術の体系のすばらしさをうまく説明したり、あるいは、将来成長しそうなベンチャー企業の買収など、具体的で目に見えてわかる資産を手に入れたときにこそ、IRが重要になる。

 サーモエレクトロンという会社をご存じだろうか。MIT(マサチューセッツ工科大学)出身の熱力学の博士がつくった売上高約二五〇〇億円のハイテク機器企業である。この会社は八三年以来、毎年一社のペースで熱力学分野の子会社を次々に上場してきている。その多くはよそから買収した会社で、新たに戦略をつくり直したあと、上場させている。

 上場後は、各社の将来の期待収益価値を担保に資金を借り入れ、また次の買収を行なう。子会社の将来のキャピタルゲインの期待値を現在のキャッシュに変えているわけである。

○成功の条件E

多角化、あるいは国際化をスムーズに進めていくための段取りがうまく描けていて、そのためのプログラムを一〇〜二〇年の視点で組んでいるか。

 ホンダが、創立時から、世界の消費者に愛される存在になるということを社是にしていたのは有名な話である。将来、こういう分野に羽ばたきたいというビジョンを強烈にもち、そこから逆算して、いまの段階で経験しておくべき事業や経営手法をみがいておく、というシステマティックな人材育成、組織育成に取り組んでいる企業がままある。

 例えば、SONOCOという製紙会社がある。もともとは、なんの変哲もない包装材の会社であったが、途中からプラスチック分野に進出し、そこでの経験、チャネルをベースにして、プラスチックバックに展開した。さらに、そこで得た消費財マーケティングのノウハウを生かして、ラベルやラッピング用フィルムを作るようになった。このように、次から次にイモづる式に事業の分野を広げ、二〇年間に年率一二・四%ずつ成長してきた。

 当時は、それほどシステマティックに考えていたわけではないようである。だが、直感的にせよ、そのときどきに「ちょっとしんどめ」の事業に挑戦してきたことが高い成長の背景になっている。

○成功の条件F

中期計画の数字よりも、長期ビジョンと日常の行動原則をくり返し社員に訴えているか。

 日本でも海外でも、先進企業ほど「中期計画」による数値目標管理を脱却しつつある。

 こうした企業は、むしろ長期の到達目標ときわめて日常的な行動原則を社員に訴えかけている。日本企業でいうと、例えば、ブリヂストンは世界シェア二〇%をめざし、「グローバル20」というメッセージで、当面の最優先課題はグッドイヤー、ミシュランとのグローバル競争だ、ということを明確に社員に伝えている。

 海外企業でいうと、フィリップ・モリス、サラリー、GE、ジョンソン&ジョンソンなど、年平均一〇%以上ずつ成長しているような優良企業のほとんどが、高い企業目標を設定し、その教宣に金と時間をかけている。

CEO(最高経営責任者)自らが世界各地の拠点を訪問してスピーチをして歩いたり、全世界の社員を順ぐりに研修センターに集めて共通の感動体験をもたせる、といったきめ細かな工夫に真剣に取り組んでいる。こうした企業のトップは、時間の約半分を自ら直接、各部署の人材を理解し評価することに使っている。グローバル競争とはコスモポリタン人材の入手、育成争いである、といっても過言ではない。

分野よりも戦い方が大事

 以上、七つの側面から、グローバル競争を勝ち抜く条件を述べてきた。これらを総括して、特徴的なことをまとめておきたい。

 第一に、どういう事業分野で、あるいはどこの地域で何業をやるか(Where to compete)よりも、いかに早く技術、資本、人材をうまく調達して戦略をやりとげてしまうか(How to compete)が大事だということである。

 条件A、Bの自前主義や自己資本への執着からの脱却、条件Cの人材重視、条件Dの将来の期待収益の大きさをテコにした資金調達など、いずれもこのことを意味している。

 第二には、ほとんどの産業でグローバルに展開するチャンスがあるということである。物を輸出できないから、あるいは日本人の生活に密着した商品である、といった理由から、海外展開をあきらめる必要はない。

 例えば、条件@のところで述べたホルダーバンク社は、ローカル産業であるセメント事業のグローバル展開をやりとげている。日本国内の企業の例をみても、ホソカワミクロンやマブチモーターなど、ユニークな技術があれば、世界中どこにでも出ていくことができる。

 現在の事業の姿がローカルであるということと、持っているスキルや「見えない資産」がグローバルに通用するということは、まったく別のことである。

 第三には、戦略展開にはスピードが要求される。例えば、自動車の分野では、かつて、ヨーロッパで新規発売したクルマは数年後に途上国で消費者に受け入れられる、といった時差があった。

 だが、いまはそうした時差は消滅している。よいものは瞬時に世界の消費者の感性に受ける。したがって、スピーディな対応力を組織のすみずみにまで行きわたらせる必要がある。

 第四に、これは言いふるされたことだが、一にも二にも人材である。世界中どこの国に進出しても、現地でもっとも優秀な人材がどこにいるかを捜し求め、かつ早い段階から自社の価値に触れさせて、社内のコスモポリタンにしていくことが重要である。

 また、人材が辞めないようにするためには、グローバルなプロジェクトチームのリーダーを思い切って任せるとか、本人のやりたい分野をやりたい期間自由にやらせるとか、「転職社会」の人材をうまく引きつけ、かつ動機づけていくスキルが要求される。日本企業の終身雇用制のもとでは、採った人材のケアという発想に乏しい。しかし、グローバル競争の時代には、海外の人材の活用が不可欠になる。また、日本人でも優秀な人材ほどドライでコスモポリタンな発想をする。

 伝統的な終身雇用のマネジメントは、どこでも通用しなくなっている。

 グローバル競争時代を勝ち抜くときの成功原則は、以上のようなことになるだろう。だが、これらの条件は、必ずしも輸出産業や国際商品を扱っている企業だけに当てはまるものではない。

 国際業務とは関係のない伝統的な国内企業でも、ビッグバンで資金の国際調達が可能になる時代である。国内型産業こそ、グローバル競争の成功条件を備えることによって、より競争力を強化することができるのではないだろうか。

(うえやま しんいち)